ひよぷら日記

ひよっこプランナーが日々思ったことをつらつらと。自分の備忘録として。 メディアとかマーケティングとか広告とか。

コンテンツに広告は乗っていかない…のか?

前回の続き)
なぜコンテンツに広告をのっけていくだけでは難しいのか?

それは細分化してしまうから。という話は前回の記事のとおり。

セグメントも細かすぎると、ピンポイントでは使えるんだけど
大概は「使えなーい」ってなってしまう経験は多くの人が持っていると思う。
要するに媒体パワーが弱いだけにしか見えん。
束ねてまとめますかって話になってくる。

なので、細分化してしまうコンテンツは
広告媒体としてまだ課題があるな、と思うのです。

では、なぜ細分化してしまう、というか現にしている(と私は思う)のか。
という話を思考の整理のためにまとめておきたい。


えっと。突然ですけど。

だってぶっちゃけ、
世の中がどーとか、世の中で流行ってることとか、よくわかんない。

周りの友達のあいだで流行ってるから、(←ここ大事)
あれは見たよ/買ったよ/mixiに書いたよ/ブログに書いたよ
でもそれ以外、つまり自分と自分のまわり以外は、どうでもいい。

っていう、感覚。

どっかにないですか。

私はある。というか、そんな感じを今の人に感じる。

今の人をダメだとか言いたいのではなくて…
うまく言えないんだけど…
コミュニケーションや情報が極端に断片化しているような
感じがするのです。

昔はニュースを知りたいなら、たとえば、新聞を読む。
そうすると、自然と新聞社のデスクの記事の割り振りに影響される、
つまり世の中をみるフレームみたいのもわかるし、
他の情報も一緒に並んで入ってくる。
これが断片化していない状態。

家庭で言うなら、家族一緒にそろって手作りのごはんを食べるの図。

でも今ってどうでしょう。
ヤフートピックスでも良いし、
カスタマイズしたグーグルニュースでも良い。
下手すればRSSとかで欲しい情報だけ「抜ける」
気になれば検索で一本釣り。
これが断片化した状態。

家庭で言うなら、バラバラに食べてる感じ。
そして買ってきた惣菜とかを並べて食べる感じ。

要するに、「欲しいものを欲しいときに、欲しいだけ」欲しい。
そんな状態がずっと続いていて、情報もついにそうなってしまった。

インターネットの技術がここまで発達していないときは、
情報をバラバラにできなかったけど、今はできる。

家族がバラバラになってしまった理由はわからないけれど、
いろいろあるんだろう。
そこらへんは社会学の領域なのかもしれないのでわからない。

おそらく個人のニーズに極端にあわせた結果で、
「自分の周りだけ」に関心が向くように、なったのだろうと
私は予測している。

いや、向かざるを得ないといっても良い、
なぜなら断片化が始まると統合状態に戻るのはとても難しいからだ。
そして断片化が細分化を後押しする。

この状態は都合が良いし心地よいのだけど
本当は、それだけじゃ嫌で、どうしたら一緒につながれるのか、
探っているような感じがある。

残念ながらこれ以上の深い思考は私にはムリなようだ。

ただわかるのは、
このトレンドは以前からずいぶん長く続いているし、
技術やサービスの進化により、年々分断化が進んでいるということ。

事象は技術によって表面化されただけということ。

共振を求める人々に対し、毎年変わる技術プラットフォーム状況…
それがここ数年のブームを規定しているように感じられること。
結果リミックス・再統合・マッシュアップが流行る。

では08年はいかに…。

そこを考えるのが仕事の一部だな〜。
  1. 2008/04/10(木) 20:39:30|
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